橋幸夫さん死去
今朝(9月6日)の新聞で昭和歌謡界の大御所・橋幸夫さんが肺炎で亡くなったことを知った。
享年82だった。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
橋幸夫さんと言えばボクが高校時代にデビューした歌手だった。
独特の角刈りヘアースタイルに粋な着物姿で歌ったデビュー曲「潮来笠」の歌詞、メロディーは今でも脳裏に残っている。
♪潮来の伊太郎 ちょっとみなれば
♪薄情そうな 渡り鳥
♪それでいいのさ あの移り気な
♪風の吹くまま 西東
♪なのにヨー なぜか目に浮く潮来傘
(作詞佐伯孝夫 作曲吉田正)
橋さんの声は清涼感があった、伸びがあった 美声だった
ちょっと首を傾げ、口をタテに大きく開いて「潮来の伊太郎…」と歌い始める出だしはとくに印象的だった。
印象が強かっただけに後年、物まね芸人のぼんちおさむ、コロッケなどが笑いを取るために盛んに橋幸夫ぶりを演じていた
橋幸夫さんがデビューした昭和30年代中頃~後半は歌謡界全盛の時代だった
三橋美智也、春日八郎、三波春夫、村田英雄、美空ひばり、島倉千代子、松山恵子 五月みどりなど錚々たる歌手が揃っていた
橋さんが「潮来傘」を引っさげて一流歌手だけの檜舞台「NHK紅白歌合戦」に初出場したのは1960(昭和35)年だった。
記録によるとそれから1976(昭和51)年まで連読17回出場し、歌謡界では押しも押されぬ大歌手になっていた。
その間、橋さんにプラスして、舟木一夫さん、西郷輝彦さんの若手歌手を「御三家」と呼び、一時期空前の人気を博した。
その昭和歌謡界の大歌手も橋さんの逝去をきっかけに今検証してみると、ここに掲げた歌手では舟木一夫さんと五月みどりさんを除いて全員鬼籍に入った。
昭和は遠くなりにけりだ
かつて名バイプレーヤー樹木希林さんは「人は、いつかは死ぬのではなく、いつでも死ぬ」との言葉を残したが、哀惜の念に堪えない個々の死は常に唯一無二だ。
死は皆等しく悲しい。
ところで人間が不老不死を求めるのは西遊記や竹取物語、能「菊慈童」を持ち出すまでもなく、太古の時代から人間永遠の性だが、これは実らないからいいのだ。
先日取材で訪ねた「松本零士展」で永遠の命の是非がテーマの展示コーナーがあった。
それは言わずと知れた銀河鉄道999だった。
永遠の命に憧れた少年・星野鉄郎が機械の体を手に入れるため、黒衣と金髪で長い髪が印象的な美女メーテルと一緒に「超特急銀河鉄道999」に乗り込み、果てしない宇宙のかなたにあるアンドロメダを目指す話だったが、鉄郎は宇宙の星を巡る旅の途中ではたと気付く。
「永遠に生きることは本当に幸せなことなのか」
命は限りあるからこそ貴重であり価値があると言える
どう死ぬかはどう生きるかである
冒頭の橋幸夫さんに話しを戻すと、橋幸夫さんのヒット曲の中に吉永小百合さんとのデュエット「いつでも夢を」があった。
♪言っているいる お持ちなさいな
♪いつでも夢を いつでも夢を
生きている限りは「いつでも夢を」
これが大事だと思う。
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